綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

大変お久しぶりの更新となりました。

前回の日記以来、また行ったライブ、見聞きした音楽や映画やドラマ、読んだ本、などいろいろあるのですが、もはや追いつけないくらいになってるんだけど、まあいいや、とりあえず忘れないうちにこれだけは書き留めておこうと思ったので書きますぜ。
忙しい忙しいと言いながら、タイミングを見計らっては さぶかるに程よく浸かったこの夏でした。個人的には、ロッキン、ap宮城とフェス2つに行けたのが楽しかったなあ。泣く泣く断念したフェスとかもあって行き足りないくらいだけど、それはまた来年のお楽しみということで。apのごはんおいしかった!


さて、先日まで少し遅めの夏休みをいただいていて、実家ではずっと本を読むか寝ているかしていた毎夜。3泊したので1日1冊で、初日:スイートリトルライズ(江国、再読)3日目:わたくし率イン歯ー、または世界(未映子嬢、再読)だったのですが、2日めに読んだ綿矢りさの「勝手にふるえてろ」がとても心地よく面白かったのであります。


勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)


★脳内片思いとリアル恋愛、幸せは一体どこに?片思い以外経験ナシの26歳女子が、時に悩み時に暴走しつつ「現実」の扉を開けてゆくキュートで奇妙な恋愛小説。3年ぶりの注目作!

とまあぼんやりとストーリー説明があるが(いやぼんやりせざるを得ないのだよ…読むとわかるけどw)、ざっくり言うと、
中学のころからずっと好きな片思い相手:イチと、好きでもないのに言い寄ってくる会社の同期:ニ(あくまで便宜上…要するにイチと比較すればどうしたって2番目になってしまう男のひと)との狭間で揺れ動く主人公:ヨシカの心…いや何が揺れ動くかって紛れも無く26歳今後の人生の身の振り方、と何より己の貞操、をいかにして操縦してゆくか?という問題について、ひたすら妄想とか分析とか個人的所感がつらつら語られていく成長譚である。


これはねー、最初読んだときからずっと、ああ好き嫌いの分かれる作風でしょうなと思っておりました。すごく読みやすいんだけど、今までの綿矢作品よりもがっちりと登場人物のあつかましい自我のようなものが出ていて(意図的なんだろうけど)、あの独特の直喩表現もとっても多くて、何より現代のいわゆるゆとり世代前後の若者が多分に共感するであろう感覚で人間模様が描写されているので、一定以上の年代の人間は「なにこれ?」って思うかもしれない。ザ!純文学を望む人の一部には、SNS上によくある、文章のお上手な女の子の内省的・攻撃的日記と大差が無いという人もいるかもしれない。結末もそうそう奇抜なものでもないし。しかしわたくしとしては、主人公もとい綿矢嬢の世代ともろかぶりということもあってか大変に面白く読みました。おもしろかった。ほんとに、その一言。


「私には彼氏が2人いる」というからどんなことよと思って読み進めてみれば、要するにどちらも脳内妄想。それぞれの男性に対する細かな分析、勝手な感情、それを踏まえて今現在自分とはどうあるどんな人間なのか?というヨシカの一連の思考が、寸分の無駄も無くて心地よい。赤裸々。ああわかるわかる、といってしまうような人間造形はお見事。
特にニなんかねー、こういう人ほんとにいるよね。うまいうまい。社会人経験をそれなりにつんだ20代の、諦め半分一生懸命半分みたいなざらっとした感情もとてもよくわかる。ただ肝心のイチに対しては本当都合のよい妄想でしかなくてw、それがまたヨシカの処女性を生々しいものにしているのであります。うまいなー。


そんなリアルな物語展開の中で、特にすごくわかるなー、と思ったのが、ヨシカの同僚・くるみに関しての感情と、イチが自分に対してどう思っているのかを悟った瞬間。そのふたつの場面。
これが本当に心理描写がうまくて、少しほろりとすらしてしまった。
どちらも真のリア充にんげんなら、絶対に感じない類の感情であろう。ネガティブな発想たっぷりで、完璧でない…というかむしろコンプレックスばっかりの人間だからこそ陥るその思考。それが切なくて、本当に生々しくて、どうしたってヨシカに感情移入してしまう。しかしながらその有り様を自ずと打破せんとする彼女の姿もまた頼もしくて、ああがんばれ、人生ってそういうことよ、強くたくましく愛し愛され生きてゆけヨシカ!と思わずにはいられなかった。あっという間の読了でした。


なんというのでしょうね、とりあえず、今20代の人は今のうちに読んでおいたらいいのではないかと思う。もう少し年を重ねたひとは、頭と心が比較的明快な時分にどうぞ(でないと、何なの今の若者はってなるからw 比較的余裕のあるときに読んで、あららゆとりも結構繊細で一生懸命なのねと思ってくださいww)。
男女によっても感想は違うだろうし、おなじ女のひとでも感想は違うとおもう。ただ少しでもネガティブ属性のある人には、結構ひびく作品なのではないだろうか。


恋愛、とか処女、ということが最初にどうしても語られがちな作品だけれども、大事なところは実はそこではなくて、イチとかニとか周囲の人を投影対象として、いかにヨシカが己の姿を知り脱皮しようとするか、という点であると思う。脱皮っていうと大袈裟だけれども。。人の一生において、人生観が180度変わるとか状況がまるっきり好転するということはそうそう無くて、少しずつの変化の積み重ねが結局のところ自分の糧になっていたりする。それは痛みであったり喜びであったり、大きくもあり些細でもあることなのだと思う。そういうのを含めて、ああ若者が奮闘するというのはやはりすばらしいことなのだよ!と思わず震えるような小説でありました。24歳の未熟者なりにそう思いましたww おもしろかったのです。


ちなみにわたしは、出たばっかりの文庫版を買ったのですが。どうやったってジャケ買いだったのですよ。だってかわいいんだもんうさぎさんの装丁。らぶりー。こんな風に思う装丁ということはきっと名久井さんのデザインだな、と思ったらやっぱりそうでした。さすが名装丁家名久井直子であります。



それにしても「とどきますか、とどきません。」といい、蹴りたい背中の「寂しさは鳴る。」といい、この人の印象的な書き出しセンスにはいつも胸を打たれます。きちんと物語はじめますよー、という入り口を作って待ってくれているような作家さん。好きだ。

大変面白い1冊でした。