映画「夢売るふたり」 ※盛大にネタバレ

間に落語の話を挟んでしまったけれど、映画2連チャンの2本目、夢売るふたり

「ゆれる」で一躍邦画界のホープとなった西川美和監督の最新作です。

ゆれる [DVD]

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ゆれるはレンタルで鑑賞済。言語化するのが難しいんだけれど、人間のどろりとした部分を独特の時間の流れ方、ざくっとした感覚で、深く抉るように描くその作風がとても衝撃だった初見の記憶があります。
いい映画、なんだけど、何度もDVDで気軽に観たくなるとか、そういう意味のいい、ではなくて。なんといえばいいのだろう。伝えたいことを伝えたい方法で妥協なく伝えようとしてくる、という点において映画として全うしている、という意味での「いい」。
これはとても映画だな、と心底思える映画(フィクションフィクションしているということではなくてね。映画の実体そのものだなということです)を作って来る監督さんなんだなあと強く思わされた作品だった。


さて、そんな「ゆれる」から6年ぶりの本作。(間、ディア・ドクターを挟んでるけど。)



★東京の片隅にある小料理屋を営む夫婦。愛嬌たっぷりな人柄に加え、確かな腕を持つ料理人の貫也(阿部サダヲ)と、彼を支えながら店を切り盛りする妻の里子(松たか子)。2人の店は小さいながらも、いつも常連客で賑わっていた。ところが5周年を迎えた日、調理場からの失火が原因で店は全焼。夫婦はすべてを失ってしまう。もう一度やり直せばいいと前向きな里子とは対照的に、やる気を無くした貫也は働きもせず酒に溺れる日々。そんなある日、貫也は駅のホームで店の常連客だった玲子(鈴木砂羽)に再会する。酔っ払った勢いに任せて、玲子と一夜を共にした貫也。翌朝、浮気はすぐに里子にバレてしまうが、里子はその出来事をキッカケに、夫を女たちの心の隙間に忍び込ませて金を騙し取る結婚詐欺を思いつく…。




これまた、やられた、という強い衝撃の映画でした。
前日に観た桐島とは別の角度から、別の深さでがっちりと気持ちをえぐられた感じ。前のめりで観れば観るほど体力を消耗していく、これぞ邦画たる!みたいな濃密なお話だった。やっぱりいい映画、いい監督。

俳優陣もうまいことなんのって。主演の2人はもちろんのことながら、脇を固める女優陣が本当に演技派ぞろい。「演技に間違いのない人を揃えている」という点において言えば、この作品は大変大変豪華な映画です。演劇の世界ではもうトップクラスという方々もずらっと揃っていて、何の心配も無く作品の世界にどんどん飲み込まれていく。

阿部サダヲの愛くるしさ天下一品。松たか子は相変わらずきれいで可愛いし、肝っ玉の据わった感じ、だけどちょっと女の意地汚い部分も見え隠れするあたりの役柄はぴったり。2人とも、本当に魅力的な人間に描かれている。だからこそ、他人に見えないところで醜い気持ちでいっぱいになるシーンの鬱屈とした感じが余計に響いてくる。
それは貫也に次々と騙されていく女の人たちも同じで、一生懸命に人生を全うしようとする陰に空虚感を燻らせている姿、その苦しくて悲しくて力強い有り様、が凄まじい深さで私たちの胸を打つ。
貫也たちのやっていることは少なくとも人の道から逸れていることだけれど(立件されなければこの場合法には触れてないことになるので)、根本的な悪人はこの映画には出てこないのである。ゆるやかな性善説の中にこの物語は成立しているから、なおのこと観ていてとてもつらい。苦しい。切ない。


印象的なシーンがいくつかあるのだけれど、一番覚えているのは、田中麗奈演じる不器用な仕事一筋アラサー独身OLが貫也に対して恋に落ちてしまう一瞬の過程を描いた場面。
いろいろ喋って打ち解けて、終電に間に合わないかもと駅構内の階段を二人できゃーきゃーと走って、ぎりぎり乗れた電車の扉にもたれながら一瞬見つめあう、後、微笑み、そらす。
このシーンは決して派手ではない。というかむしろ地味。だのにあの2人の挙動には、恋心が走り出す瞬間のあまりに嬉しくて楽しくてきらきらとしていて仕方ない絶対的な歓びがありありと描かれている。
あんまり泣くところじゃないのかもしれないけど、わたしはここで大泣きしてしまった。
人を好きになるという気持ちが、どんどんと自分の中を満たしていっぱいになるあの感覚。人生を少し見失いかけて自分の存在意義ってなんなんだろう、とぼんやり思考停止しかけるような平坦な日常の中で、この恋愛が自分を生かしてくれるのだと発見する至福。

ことこのOLさんにとっては、貫也といること、貫也のためになることがすべてだったのだ。自分が自分であるために必要な、貫也という少し不出来な存在。不器用でまっすぐで一生懸命で、それはとても自分自身の姿に似ている。金銭というわかりやすい形で解決できる彼の問題をクリアすることは、オーバーラップする自分自身の人生の問題を擬似解決することにだってなる。何より貫也の力になることで、彼女の穴は自然と埋まっていく気さえするのである。誰かのために在るという活力が、彼女らを生かしていくのだ。
その人間の気持ちの切り取り方、抉り出し方が抜群に上手くて、わたしはまんまと泣かされてしまったのでした。
人気のないデリ嬢が貫也の自転車の後ろで微笑むシーンもそう。あなただけだよ、と言って本番行為を受容することで客を繋ぎとめようとする場面が冒頭で一瞬だけ出てくるんだけど、それがあっての、あの、嬉しそうな顔。思い出すだけで泣きそうだ。一生懸命生きようとする女性たちの健気さとたくましさに、とにかく泣かされる。


あとはやっぱり女性監督ならではのシーンが結構あって、里子の自慰とか、生理の手当てをしているところとか。あれを挟むことで、ぐっと物語の現実に引き込まれるし、物言わぬ里子のどろどろした心情が深深と伝わってくる。映像の意味するところを認識した瞬間ははっとするんだけど、そのあとすぐにずしん、と苦々しい気持ちが追いかけてくる感じ。ほんと、西川監督はそれがうまい。


そんな張り詰めた中に、帰宅した貫也と里子が束の間の睡眠を穏やかにむさぼるシーン。短いあの間の、言いようのない安息感も忘れられない。そう、やっぱり観ているわたしは、この2人に2人だけでしあわせになってほしいと願っていたのだと気づいた。
そうきて、あのラスト。くやしいしつらいんだけど、どこか少しほっともする。
ああ最後まで、うまいなあ、この人の映画って本当にすごいなあ、と思わされる、そんな救いのあるようでないような、しかし力強いラストシーンでした。
ふたりの見つめる先には、何かあったのだろうか。なかったのだろうか。



しかし本当に、この映画は観ていて疲れました。ぐったり。体力を消耗。けどそれはすこぶる良い意味で言っているのだよ。それくらいどっぷりとこの物語の世界に浸かってしまって、なかなか心が現実世界に戻ってこれないの。登場人物たちの気持ちに入ってしまっちゃって、もう神経衰弱もいいところ。それくらい、すごい映画だったのです。。本当に疲れた。気持ちがほわんほわんしていて、直後に友人と中華料理屋さんに入ったんだけど、しばらくの間食べられませんでした。w
上映時間2時間半だから、物理的にも十分疲れる長さなんだけどもね。時間の流れ方は2時間半よりもずっとずっと大きくて、ぴんと張り詰めたまま観てたから6時間くらいあの場にいたような感覚。そんな映画ってなかなかないから、とにかくお見事なつくりだったのだと思います。



結構気合がいるけど、とにかく観ていただきたい映画です。納得のいくラストではないかも知れないけれど、人生で納得いくことってそうそうないじゃない。だからこそ、夢を売ったのかもしれないし。


本当にいい映画でした。素晴らしかった。
時間が経って体力があるときに、また是非観たい。