映画「ヴァイブレータ」 (とてもネタバレ)

お久しぶりです。
もっとずっと書いていない気がしたんだけど、見てみたらまだ3ヶ月程度の停滞だったのですね。それほど、濃密な3ヶ月ではありました。

GW前に書いたものが未だアップされないままだったので、すこし加筆してあげてみます。
映画の話。


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GW中は1本だけ、それも何故今更これだったのかは自分でもはっきりしないが、そういえばまだ観たことないなあと思ってレンタルしに行ってみた。近年邦画史においてエポックメイキングだったと誰もが言うであろうこの作品も、気付けば公開から10年が経っていると知ってびっくり。何がエポックメイキングかと言えば、諸々あるだろうけどどうしたって「ゼロ年代映画界における寺島しのぶ大森南朋の発見」というその一言に尽きると思う。10年経った今観ると、尚更その凄さがわかる。2人は今よりも当然若く、しかし他の俳優には絶対的に代え難い存在感と技量と度胸 がある。

そして結果論だけど、自分の今の年齢の今の時期に観たのは適切だったと思った。10代の頃に観ても、たぶんただのエロシーンありロードムー ビーにしか感じなかったような気がする。それくらい、ある程度の経験と年齢(と言ってもわたしはまだ岡部の年齢にすら追いついていないけれど)を重ねた頃合で無いと咀嚼できない部分をうまく炙り出している作品だった。



ところで近年のバトルヒロインアニメ論みたいなことを語るときに、しばしば

「ピンチの時には男の人が助けに来てくれる過去の魔法ヒロイン」
に対しての
「男の人の助け無しに自分たちの腕っぷしで敵を倒してしまう現在のヒロイン」

という対比がされる。前者が主にセーラームーン、後者はプリキュアのことを指しているのだが、要するにプリキュアには助けにきてくれる王子様がいない。女の子だけで全てを完結させてしまえる自立性、恋愛の要素を戦いの場に持ち込まない非ロマンス性。
もちろん単純に比較はできないし(ついでに言うとわたしは完全にセーラームーン世代です)、この話になるとたぶん否応にも現代のフェミ論云々という話が出てきてしまうので、それはまあ今回は置いておくことにする。
なんだけれども、「ヴァイブレータ」を観ていたら、不意にそのことを思い出した。岡部希寿という男は、主人公の怜にとっては確かにある種の王子様だったのだ。だけれど彼は、一生全力で守ってくれるわけでも甘い言葉を囁くでも正しいことを教え込むでもない。奥深くに入り込んでくることはないけれど、ただ限りなく優しい。



後半、岡部の使うアマチュア無線を触ってみたことを契機に精神のバランスを一気に崩してしまう怜。ひとしきり喚きもがいた後、岡部はラブホテルで温かいお風呂を用意してくれる。背中を流し、抱きしめてくれもする。怜の心の声は言う。

「この人が優しいのは感情じゃなくて本能だよ。感情が無くとも優しくする。柔らかい物には優しく触る。桃にそっと触るのとおなじこと。動物みたいなもんだ。本能、本能。でも桃傷んでてても気にしない奴とかさ…いい男じゃん、こいつ…」

岡部の優しさが本能、と言い切るその言葉に腹の底から納得してしまう。そうそう、この人は無条件で怜に優しくする。深追いしない代わりに、放っておきもしない。触って欲しいときに触って欲しいところに触り、そして触らせてくれる。好きになれば、きちんと好きになってくれる。寄り添って、怜の心の震えに共鳴してくれようとする。
トラック運転手と言う仕事を選んだことについて「そりゃあ学歴が無いからでしょう」と岡部は答えていたが、優しさにも学歴は関係ない。学歴の代わりに社会の(アウトローな)酸い甘いを知ってきてしまった彼にしか与えることのできない、丁寧な労わりがある。


感情を爆発させながら「わたしのこと殴ってよ」という怜。もうここらへん、見ていて苦しくなる。でもとても共感してしまう。そんな彼女に岡部が返す「殴れねえよ。俺お前のこと好きだし」という一言。その言葉だけで、怜に入り込みながら観てしまっている自分自身までどれほど救われたような思いがしたことか。過食嘔吐でアル中で満たされない身体の中を、物理的ではないものが満たしてくれる。

最後に食堂で初めて顔と顔を向き合わせて対面して、食事をしながらの会話もとても印象的。
「食えよ。食わないと吐けないだろ」と言いながら箸を進める岡部。
「わたしのこと好き?」と聞く怜に、「好きだよ。お前は?お前は俺のこと好き?」と聞き返してくれる岡部。
男がいるのは嘘、と言う怜に、自分が妻子持ちであることもストーカー被害のことも嘘だと白状する岡部。
実際はどこまで本当でどこまで嘘かわからない。もしかしたら好きじゃないのかもしれないし、本当は結婚だってしてるのかも知れない(ちなみに原作だと、妻子やストーカーは実在するという設定らしい)。

でもこのときの岡部には、それらをまるで疑わせないくらいの誠実さがある。やり取りが誠実だってことではなくて、怜に対する向き合い方がとても誠実だということだ。それらまるごとひっくるめて、やっぱり本能的な優しさが彼にはある。



出会ったコンビニに戻ってきて、72時間の‘航海’に別れを告げる。そのときの岡部の顔(わたしには憮然として見えた)が、またとても印象に残った。本能的なものだったかも知れないけれど、本当に怜のこと、愛してしまっていたんじゃないのかな。「ずっとトラックに乗ってていいよ」って言ってくれてたのは、優しさ以上に結構本心だったんじゃないのかな。


その3日間でなにが変わったかと言えば、眼に見える形では何一つ変わっていない。過食嘔吐だって、またしてしまうかもしれない。だけど、自分の内側を観ようとしてくれる1人の人と向き合うたったその数日間の中で、生まれ変わったように心持ちが一新することがある。そういう清清しさと安堵を、この作品は穏やかに内包している。



まー結局南朋さん目当てで観たんだけれど、やられてしまいました。この南朋さんは文句なしにかっこいい!かっこいい、ていうか、もう、好き。w
岡部という男の人を好きにならない女の人っているんだろうか。


でもやっぱり、最後に一緒にならない、お別れ、っていうのがこの話を好きだと思ったミソなんだろうなあ。自分の身体のなかみをきちんと見てくれようとした岡部との別れは、それまで積み重ねてきた苦しい自分との決別だったんだな。岡部の前で服を脱ぐということは、一枚一枚、怜にかぶさったものものを捨てていくということだったんだとおもう。





文句なしにいい映画でした。いいもの観ました。よかった。



ヴァイブレータ スペシャル・エディション [DVD]

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